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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)2164号 判決 1961年1月31日

控訴人(原告) 保全経済会こと伊藤斗福破産管財人 長瀬秀吉 外四名

被控訴人(被告) 日本橋税務署長

訴訟代理人 広瀬時江 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審での訴訟費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が、保全経済会こと伊藤斗福に対して昭和二十八年十月三十日になした同年八月分の源泉徴収所得税金八、五二〇、九七一円、および同年九月分の同税金一七、六五〇、九八一円の徴収決定、並びに同年十二月一日になした同年十月分の同税金一一、四五〇、七七五円の徴収決定は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上および法律上の主張は、左記を附加陳述したほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

控訴人等は次のように主張した。

第一、被控訴人の本件課税処分の根拠となつた所得税法第一条第二項第三号後段および第四十二条第三項並びに所得税法施行規則第一条は憲法第八十四条同第三十条に違反し無効なものである。すなわち、

憲法第八十三条は「国の財政を処理する権限は国会の議決に基いて、これを行使しなければならない」と規定し、国の財政に関しては国会の議決に基いてのみ処理されるという基本原則を明示し、それに対する一切の例外を排除しているのである。

さらに、憲法第八十四条は「あらたに租税を課し又は現行の租税を変更するには法律又は法律の定める条件に依ることを必要とする」と明記し、財政における国会中心主義の基本原則(憲法第八十三条)に続き、その原則の財政収入の面における具体化として租税法律主義の原則を宣明しているのである。元来国民に義務を課しその権利を制限することは法律によつてのみ行われ得るものであつて(憲法第四十一条)、法律によらないで租税を賦課徴収することは許されないことは当然である。従つて同法第八十四条が特に設けられたことの意味は、いわゆる「代表なければ課税なし」の原則を確立し法律によらなければ義務を課せられないという原則を租税について明確にし、更に狭義の租税法律主義―即ち租税の種類及び課税の根拠のみならず課税物件、課税標準、税率、納税義務者なども総て法律の定めによつてのみ定められるのである。このように憲法は、租税法律主義の原則を明確にし、あらたに租税を課し又は現行の租税を変更するには、その具体的諸条件(内容)のいずれをも法律以外のものに委せず、常に法律自身においてこれを明確に規定することを要求し、右の具体的定めを政令、省令等に委任し行政庁の恣意によつて賦課徴収することはできない趣意を明かにしているのである。

このような意味において憲法第三十条は「国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う」と、第三章国民の権利及び義務の章において宣言し、この義務の内容は、法律を以てこれを定める主義を明らかにしているのである。

しかるに、所得税法第一条第二項第三号後段(昭和二十八年法律第一七三号所得税法の一部を改正する法律により追加された部分)には「………又はこの法律の施行地において事業をなす者に対する出資につき匿名組合契約及びこれに準ずる契約で命令で定めるもの(以下匿名組合契約等という)に基く利益の分配を受けるとき」と規定し、これを受けて政令である所得税法施行規則第一条は「所得税法第一条第二項第三号に規定する匿名組合契約及びこれに準ずる契約は、営業者が十人以上の匿名組合員と匿名組合契約を締結している場合の当該匿名組合契約、その他当事者の一方が相手方の事業のために出資をし、相手方がその事業から生ずる利益を分配すべきことを約する契約で、当該事業を行う者が十人以上の出資者と締結している場合の当該契約とする」と定め、所得税法第四十二条第三項にいう「匿名組合契約等」というのは以上の意味における匿名組合契約及びこれに準ずる契約をいうものと規定する。

そうであれば、憲法第八十四条は、前述のとおり「あらたに租税を課し又は現行の租税を変更するには、法律………によることを必要とする」と定め、その具体的内容である課税物件、課税標準、税率、納税義務者も総て法律によつて明確に定めることを必要とすべきであるのに、本件においては、その課税の実体となるべき所得即ち課税物件について、前記法律においては、単に「匿名組合契約及びこれに準ずる契約……に基く利益の分配を受けるときと」規定するのみであり、殊にその所得発生の前提たる法律関係である「匿名組合契約及びこれに準ずる契約……」の内容については、「命令で定めるもの……」と規定して、この場合の課税の対象となるべき所得の発生する法律関係については、法律自身において規定せず、行政庁の命令に委任しているのである。しかして、右の委任によつて、前記法律にいう「匿名組合契約及びこれに準ずる契約」の意義を規定したものが、前記所得税法施行規則第一条であることが明瞭である。

はたしてそれならば、「あらたに租税を課し又は現行の租税を変更する」場合に該当する「昭和二十八年法律第一七三号による所得税法の一部を改正する法律」によつて追加された所得税法第一条第二項第三号後段の規定全部は憲法第八十四条に違反して課税の対象となるべき目的物件(課税物件)を具体的に規定せず、これを命令に委任して定め、もつて国民に義務を課し、その権利を制限するものであるから、右憲法の条項に適合せず、その効力を排除さるべきものである。

仮りに、右に主張する所得税法第一条第二項第三号後段の規定が全部憲法第八十四条に違反しないとしても、課税の対象となるべき所得の発生原因たる法律関係は、具体的に法律の規定によること、即ち国会の議決に基いて定めることを必要とするのであるから、これを単に行政庁の命令をもつて定め、これによつて賦課徴収の根拠とすることは許されないのである。故に、所得税法施行規則第一条の規定は、憲法第八十四条の規定に基き法律のみによつて規定さるべき事項を規定したもので、右は憲法に違反すること甚しく、その効力はないものと云わなければならない。けだし、行政庁の命令は、法律の規定を実施するために必要な細則的、事務執行的規定のみを内容とすることができるのを原則とするのであつて、憲法が特に第八十九条の規定を設け、租税の賦課徴収は国会の議決に基く「法律又は法律の定める条件」によることを必要とする旨を宣言している事項については、命令をもつて定めることができないと解すべきである。よつて所得税法施行規則第一条は、その内容に瑕疵があり、且つその法形式において規定し得ざる事項を規定している点において憲法第八十四条に適合せざるものである。

被控訴人の本件決定処分はその処分の前提となるべき破産者と各出資義務者間の法律関係について、それが所得税法第四十二条第三項にいう「匿名組合契約等であるか否かについて、換言すれば、課税の対象となるべき所得発生の前提たる法律関係に関する定めについては明確なる根拠法規なくして破産者が各出資者に支払のため確定金員は「匿名組合等に基く利益の分配」金であると認定した無効の処分であるか、又は憲法に違反した無効な法律命令を根拠としてなされたこれ亦憲法に違反する処分である。

第二、被控訴人のなした本件処分が当然に無効である所以を次のとおり附加する。

(一)  控訴人等が従来主張するように本件破産者といわゆる出資者との間に匿名組合又はこれに準ずる契約が存在せず、又利益を配当した事実がないとすれば、本件課税処分は法律の根拠を欠き憲法第三十条に違反する無効のものである。しかして憲法に違反する行政処分はすべて無効であつて、瑕疵に重大又は軽微の区別のあり得る筈がなく、憲法は行政処分が憲法に違反し無効となることの要件として、その瑕疵が客観的に重大なること、その瑕疵の存在が誰でもが認識判断することができる程度に外観上明白なることの要件を規定していない。それ故に本件課税処分は憲法に違反し当然無効のものであるといわなければならない。

(二)  百歩を譲つて、行政処分の無効をきたすためには、その瑕疵が重大且つ明白でなければならないという見解に従うとしても、本件処分についての瑕疵は課税の対象にならないものに課税したものであるから右瑕疵がその性質上重大なものであることは疑がない。また保全経済会が匿名組合でないことは公知の事実であつて、被控訴人は右事実を知りながら保全経済会が出資者との間になした契約は匿名組合若しくはこれに準ずる契約であると、故らに認定して保全経済会に所得税法第四十二条第三項の規定を適用したのは違法も甚しいものであつて、その瑕疵は外観上も明白といわざるを得ない。

(三)  保全経済会は不特定多数(全国約七万人)の出資者(預金者)より出資(預金)を受け、これを運用する企業体であつて、その出資を得たときは出資証券なるものを発行し、これを各出資者に交付するのである。しかしてその証券の裏面には現金出資に関する約款なるものがあり、これが出資契約となるのである。しかもその約款によれば、現金受入のときよりその効力を生じ、そのときから一ケ月毎に月二分の割合による利息を支払う、また三ケ月若しくは六ケ月の期間を経過したときは必ず元金を返還するという契約であつて、それは保全経済会に利益があると否とにかかわらない。換言すれば、月二分の支払は確定利息であつて元金の返還は即ち預金の払戻である。故に保全経済会の組織は商法第五百三十五条以下の匿名組合若しくはこれに準ずる組織体ではない。従つてその契約は匿名組合契約又はこれに準ずる契約ではないから所得税法第四十二条第三項の適用を受ける組織体ではない、それなのに被控訴人は故らに同条の適用があるものとして、源泉徴収の義務を負わせたのは外観上も明白な瑕疵といわなければならない。

(四)  これを過去の事実に徴するに、大蔵省は昭和二十六年以来保全経済会の本質内容を調査し、資料を蒐集し、その内部において幾回となく協議検討し、殊に昭和二十六年十二月頃以来法務省に調査を依頼し、また意見の開陳を求め且つ十数回に亘つて共同協議を重ね、その法律的性格を徹底的に研究討議の結果、法務省からは保全経済会は匿名組合とは認め難い旨の回答を得ている。のみならず国会の大蔵委員会若しくは行政監査特別委員会においては銀行局長及び国税局長等が幾度となく証人として喚問され、同委員長若しくは他の委員から保全経済会は匿名組合ではないのではないか等の強烈なる質問を受け、法務省民事局長の保全経済会は匿名組合とは認め難い旨の証言あること等を悉く知つていたので、従つて保全経済会と出資者との間の契約は所得税法第四十二条第三項に所謂匿名組合契約等に該当せず、而してその支払つた一ケ月二分の金員は利益の配当でないから、源泉所得税徴収の義務を課すべきものでないことはいわば公知の事実ともいうべく、従つて大蔵省当局は勿論通常の常識を有するものならば、よういにこれを認識し得るに拘らず、被控訴人が保全経済会に対し源泉所得税徴収決定処分をしたのは違法であつて、その違法は重大且つ外観上も明白であるといわざるを得ない。

(五)  保全経済会は開業以来欠損即ち赤字続きであつて利益の配当などあり得べからざることである。従つて所得税法第四十二条第三項の規定の如きは働きかける余地はないのであつて、その事実は被控訴人は終始知悉しているのである。故に保全経済会が利益配当の名目で支払つた月二分の金員は一体配当なりや否や、配当でないとすればこれに対して所得税法第四十二条第三項の規定を適用することができないのではないかとの議論が大蔵省内部においてもふつとうした事実に徴しても、その処分の違法は明白である。

被控訴代理人は次のように答弁した。

控訴人等の主張は憲法第三十条を曲解するものである。憲法第三十条は国民は法律の定めるところによつてのみ納税の義務がある旨を規定したに過ぎないのであつて、従つて、もし法律の規定に基かない単なる命令などで租税を課する旨を規定すれば、それは憲法第三十条に違反するものであるから無効である。その結果としてこの無効な規定に基いてなされた課税処分もまた当然無効ということはあり得るが、控訴人等の主張のように法律の解釈を誤つたために違法な課税処分をなしたからといつて、憲法第三十条に違反する処分として当然に無効となるものではない。行政処分はたとえ違法な処分であつても、権限ある官庁又は裁判所によつて取消されるまでは有効であることは、学説判例の一致するところであつて、この原則があればこそ行政事件訴訟特例法第二条の規定は有効な規定として存在し得るのである。何となれば、若し法律違反の行政処分はすべて憲法違反であるとして当然無効となるものとすれば、特例法第二条の規定は有効な規定として存在する余地がない。けだしこの第二条の規定は違法な処分といえども一応は有効であることを前提とすればこそ、これが取消の訴の提起を許しているからである。若し違法な行政処分は民法上の違法な法律行為と同様に始めから無効であるとすれば、死んだ人を今一度殺すことができないのと同様に、違法な行政処分を取消すことも不可能となるが、一応有効であればこそこれが取消が可能となるのである。若し控訴人主張のように違法な課税処分は憲法第三十条違反として始めから無効であるとすれば、前記の特例法第二条の規定は適用の余地がない無用な規定となるであろう。従つて、憲法第三十条を控訴人主張のように解することは誤りであつて、同条は単に国民に租税を課するためには法律の規定を必要とする旨を規定したのであつて、若しこの規定に反し法律に基かずして単なる命令で規定しても、それは憲法違反である旨を宣明したに過ぎないものと解すべきである。これを要するに行政処分はたとえ違法な処分であつても一応は有効であつて、これが効力を失わしめるためには取消訴訟の提起を必要とするのであつて当然無効となるものではない。この行政処分の一応の有効性の原則は一名行政処分の公定の原則とも称せられ、一般に承認されている原理である。従つて、本件処分が当然無効であるとする控訴人等の主張は理由のないものである。

(証拠省略)

理由

保全経済会こと伊藤斗福(以下単に破産者という)は昭和二十九年五月七日午後一時東京地方裁判所で破産の宣告を受け、同時に控訴人等がその破産管財人に選任され、右決定は同年七月二十日確定したこと、および被控訴人が昭和二十八年十月三十日破産者が匿名組合契約等に基く利益の分配として同年八月中に金五二、六〇四、八五六円、同年九月中に金八八、二五四、九〇五円を支払つたとして、八月分源泉徴収所得税金八、五二〇、九七一円、九月分同税金一七、六五〇、九八一円の徴収決定をなし、同年十二月一日同様に同年十月中に支払つた金五七、二五四、一七九円に対する十月分源泉徴収所得税金一一、四五〇、七七五円の徴収決定をなしたことは当事者間に争のない事実である。

第一、

控訴人等は、被産者は一般大衆から消費寄託契約により資金を集め、その寄託金に対する利息として、寄託者に対し被控訴人が認定した金額を支払つた事実はあるが、被控訴人主張のように、匿名組合契約を締結したことはなく、また利益の分配をした事実はないと主張するので判断する。

(一)、破産者が昭和二十五年四月頃から東京都台東区黒門町(同年十二月同都中央区橘町九番地に移転)に事務所を設けて、保全経済会という商号の下に一般大衆から資金を集め、これを株式及び不動産に投資し、或は子会社、連鎖会社に対する投資を行い、資金の提供者に一定の金員を支払つて利殖事業を営んでいたことは当事者間に争がない。

(二)、各その成立に争のない甲第四号証の一、二甲第二十三号証の一ないし九、当審証人江利川実の証言によつて成立が認められる同第二十号証、当審証人江利川実、同梅原佐太郎、同加納道二、同尾山藤二、同沢柳春江および同梅田隆如の各証言を綜合すれば次の諸事実が認められる。すなわち、本件徴収決定の対象にされた昭和二十八年八月から十月までの金員支払の基礎となつた破産者と、資金提供者との契約は、「(イ)破産者は出資金を受取つたときから契約上の責任を負う。(ロ)契約期間は三箇月又は六箇月とする。(ハ)破産者は出資金額に対し所定の配当(一ケ月二分の割合)をする。破産者は証(利札)を交付する。(ニ)破産者は満期と同時に出資金を返還する。(ホ)破産者は証と引き換えに配当金を所定日に支払う。(ヘ)破産者は満期前の中途解約には応じない。(ト)破産者は出資証書の売買、譲渡、質入担保等権利の移転は一切認めない。」ことを内容とする(以上の事実は当事者間に争がない)ものである。さらにくわしくいえば破産者は一般大衆から資金を提供する者を誘引し、資金提供者から三箇月又は六箇月を満期とする出資の申込があると、破産者はこれを承諾して右出資金の交付を受け、右金員に対しては破産者の営業の利益の有無にかゝわらず、一ケ月二分の割合による利息を一ケ月毎に支払い、且つ満期には破産者の事業の成功、不成功、若くは利益の有無にかゝわらず出資金全額を返還することを約し、他方資金提供者各自は破産者の行う事業に投資して共同の事業を行い、これより生ずる利益の配当を受けるというような意思は全くなく、短期であつてしかも銀行予金等に比して利息が高率であるため、専ら利殖の目的で破産者との間に上記内容の契約を締結した。そして、破産者は特に各その営業年度末毎に損益の計算もせず、開業以来各年度毎に莫大な損失を生じていたにもかゝわらず、各資金提供者に対しては所定の期日に約旨による二分の確定利息を支払い、且つ満期には出資金全額の返還をなしてきた。本件課税の対象とされた金員も、破産者が昭和二十八年八月ないし十月中に各資金提供者に対して、上記のような契約に基いて確定利息として支払つたものである。

乙第八号証同第九号証および同第十二号証の一ないし四中上記認定に反する記載部分は前掲各証拠と対比して信用することができない。また、乙第一号証ないし同第五号証中には投資に対する配当とか、匿名組合とかの文言のあることが認められるけれども、右は破産者が資金提供の申込の誘引のために使用した営業案内書、又は単なる破産者の見解に過ぎないから、これら書証の存在することは上記認定の支障とはならず、他に以上の認定を動かして、被控訴人主張のように破産者と出資者との契約が匿名組合契約であるとの事実を認め得る証拠はない。

(三)、被控訴人は、破産者と資金提供者との契約が商法上の匿名組合契約の要件を具備していないとしても、所得税法上の「匿名組合契約等」に該当すると主張するので判断する。所得税法はその第一条において、所得税を納める義務者を定め、同条第二項第三号は「、、、、この法律の施行地において事業をなす者に対する出資につき、匿名組合契約及びこれに準ずる契約で命令で定めるもの(以下匿名組合契約等という)に基く利益の分配を受けるとき」と規定し、これを受けた同法施行規則第一条は「所得税法第一条第二項第三号に規定する匿名組合契約及びこれに準ずる契約は営業者が十人以上の匿名組合員と匿名組合契約を締結している場合の当該匿名組合契約、その他当事者の一方が相手方の事業のために出資をし、相手方がその事業から生ずる利益を分配することを約する契約で、当該事業を行う者が十人以上の出資者と締結している場合の当該契約とする」として、いわゆる匿名組合契約等の意義を明かにしている。右施行規則によれば、前段の匿名組合は、匿名組合員が十人以上存在する点を除いて、その要件は商法上の匿名組合契約と全く同じであり、また後段のこれに準ずる契約とは、出資者の相手方が商法上の営業活動をする商人(営業者)でなく広く事業を行う者であるとしているほかは、前段に規定されている匿名組合契約と全く同一であると解するのが相当である。そうであれば、右前段および後段にいう匿名組合契約はいずれも匿名組合員が他人(商人であるか否の区別はあるにしても)の事業に出資して、その事業から生ずる利益の分配を受けることを約する契約を指すものということができる。ところが、上記(二)において認定したように本件においては、破産者は資金提供者から事業資金の提供を受け出資者に対しては確定した率による金員を支払うことを約し、出資者は破産者と事業を共同にする意思はなく、単に提供した金員を破産者に利用させて、その対価として、破産者の損得に拘りなく利息の支払を受けることを約したものであるから、右契約全体の趣旨から判断すると、その法律上の性質は、控訴人等の主張する消費寄託契約に該当するものと解するのが妥当で、匿名組合契約又はこれに準ずる契約であると解することはできない。もつとも、上記所得税法並びに同法施行規則の各規定および所得税法第四十二条第三項が被控訴人主張のように、匿名組合契約ないしこれに準ずる契約方式によつて一般大衆から資金を募集する金融業者が隆盛を極めた昭和二十八年当時に、匿名組合契約等の利益の分配に対する課税がこれを受ける多数の出資者を一々確認することが行政上困難であり、従つて、国民に対する徴税が不適正となるおそれがあつたので、利益を分配する金融業者に源泉徴収義務を課することとして立法されたもの(この点については控訴人等も明かに争わない)であつて、その立法の目的は了解せられるところであるが、上記成文法の解釈としては、全く法律上の類型を異にする本件契約までも、匿名組合契約またはこれに準ずる契約に該当するものと拡張して解釈することは無理であつて、殊に、租税法律主義を建前とするわが税法の解釈としてはとうてい許さるべきでない。従つて、本件契約が所得税法上の匿名組合等に該当することを前提とする被控訴人の主張は、すべて採用することができない。

以上の説示によれば、被控訴人が本件破産者と資金提供者との契約が所得税法上の匿名組合契約等に該当することを前提として、破産者に対してなした本件源泉徴収所得税徴収決定は、所得税法第一条第二項第三号、 第四十二条第三項、同法施行規則第一条の解釈を誤りその対象とならない利息の支払について徴収決定をした違法があるものといわなければならない。

第二、

上記認定の違法が本件源泉徴収所得税徴収決定を法律上当然に無効とするものであるか否かについて判断する。(所得税法第一条第二項第三号後段、第四十二条第三項および同法施行規則第一条の各規定が憲法に違反するか否かの判断はしばらくこれを措き)行政処分はそれが当該行政庁の権限に属する処分としてなされた場合には、その処分に関して違法の点があるにしても、その違法が重大且つ明白である場合のほかは、取り消されるに止まつて、これを法律上当然に無効となすべきものではないと解するを相当とする。けだし、行政処分は正当な権限を有する行政庁又は判決によつて取り消されない限り、何人もその拘束を受けこれを尊重しなければならないものと解すべきであつて、違法な行政処分に対しては訴願および一定の出訴期間内に抗告訴訟を提起することによつて、その適法性について行政庁の再審査又は裁判所の判断を求める方法が認められているのである。これに反し、右のような方法によることなく、いつでも当該行政処分が法律上当然に無効であることを主張し得るためには、単にそれが違法であることだけでは足りず、その違法が重大であつて且つ客観的に明白なものでなければならないと解するを相当とするからである。本件において、控訴人等が本件徴収決定の瑕疵は外観上明白な場合に該当すると主張する事実のうち、破産者と資金提供者間の本件契約が匿名組合契約等に当らないことが公知の事実であること、および被控訴人が右契約の性質を十分承知していて、本件の支払金員については所得税法第四十二条第三項の適用を受けるべきものでないに拘らず、故らに同条の適用があるものとして源泉徴収の義務を負わせたという事実はこれを認め得る証拠がない。また、各その同一原本の存在とその成立に争のない乙第七号証の一、二各その成立に争のない甲第二十五号証、同二十七号ないし同第二十九号証によれば、昭和二十八年三月第十八回国会衆議院大蔵委員会および昭和二十九年三月第十九回国会衆議院行政監察特別委員会において、本件破産者の行う契約の性格について論議がなされたこと、および昭和二十七年後期以後において国税庁が本件破産者の経理状況を調査したところ、利益は全然なく欠損続きの状況にあつたことが判明した事実はこれを認めることができる、しかしこのような事実だけでは本件破産者と資金提供者との間の契約の匿名組合契約でないことが通常の常識を以てすれば疑がないほど客観的に明白であつたとはまだ解することができない。むしろ前掲乙第七号証の一、二甲第二十五号証および同第二十七号証ないし同第二十九号証によれば昭和二十八年法律第一七三号所得税法の一部改正当時においても、本件破産者の行う契約の性質については政府の内部において意見の対立のあつたことが窺われるのであつて、しかも本件契約はその外形だけでは、それが消費寄託契約なのか、匿名組合契約なのか、従つて支払われた金員が契約によつて支払うべき利息なのか、はたまた利益の配当なのかは、必ずしも判然と認識することは困難であり、各契約当事者の意思その他の資料を広く慎重に調査した後に、はじめてそのいずれかと決定し得るような多少ともあいまいな性質を有しているものであると解するのが相当である。それと上記認定の所得税法改正の趣旨と合せ考えると、被控訴人が本件破産者と資金提供者との間の契約を所得税法上の匿名組合契約等に該当するものと解し、同法第四十二条第三項第四十三条により源泉徴収所得税徴収決定をしたことは、その徴収の対象を誤つた点については重大な瑕疵があるといえるにしても、その瑕疵は客観的に明白なものと解することはできないから、右瑕疵は抗告訴訟により本件処分を取消すべき原因には該当するが、本件処分を法律上当然に無効であると解することはできない。よつてこの点に関する控訴人等の主張は失当として排斥を免れない。

第三、

控訴人等は、所得税法第一条第二項第三号後段、同法第四十二条第三項、および同法施行規則第一条の各規定は憲法第八十四条に違反しその効力がなく、従つて、本件徴収決定は法律の根拠を欠く課税であるから、憲法第三十条に違反し無効であると主張するので判断する。

憲法第八十四条が租税法律主義を宣明し、その趣旨が単に租税の根拠を法律で定めるというだけでなく、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等課税の要件は総べて法律で定めなければならないという原則を示すものであることは明かである。しかしながら、法律の規定をもつてこれ等課税要件の一切を明瞭にすることは困難であつて、法律の定だけでは、納税義務者としても具体的に納税の義務があるかどうか明瞭でなく、また課税権者としても納税義務者、課税物件、課税標準等について疑義が生じないとも限らない。従つて、法律の定めるところを敷衍し、補充し又はその解釈を政令その他の命令をもつて明かにすることは、憲法第八十四条に違反するものではないと解するを相当とする。所得税法第一条第二項第三号後段は、同法の施行地において事業をなす者に対する出資につき匿名組合契約及びこれに準ずる契約で命令で定めるものに基く利益を受ける者を納税義務者と定め、同法第四十二条第三項はその税率を定めた規定であり、同法施行規則第一条は、その具体的適用上、同法第一条の定める匿名組合契約およびこれに準ずる契約の意義を敷衍補足したものと解することができるから、上記の理由により右所得税法の各規定および同法施行規則第一条の規定はいずれも憲法第八十四条に違反するものではないといわなければならない。

被控訴人が所得税法第一条第二項第三号、 第四十二条、 第三項同法施行規則第一条に基いて破産者に対してなした本件の各課税処分は、上記認定判断したように違法なものであり、破産者は右法条によつては課税せらるべきものではないから、破産者に対する本件課税処分は、結果的には、控訴人等主張のように憲法第八十四条、第三十条に違反した違法なものであるといはなければならないし、右違法は憲法に違反するものであるから、重大なものであるといわなければならない。しかしながら、結局において憲法に違反する違法であるからといつてその為で、控訴人等主張のように当然に常に必ず明白なものであるといわなければならないものではなく、それが明白なものであるかどうかは具体的の個々の場合によつて判定すべきものであると解する。このように解しても、上段で説明したように、当事者はその行政処分の取消を求めることができるのであるから、必ずしも国民の権利は侵害されて救済の道がないとはいえない。本件の各課税処分は形式的には法律に基づいてなされたものであるばかりではなく、所得税法第一条第二項第三号、 第四十二条第三項、同法施行規則第一条に基いてなした本件の各課税処分の違法が必ずしも明白なものでないことについては、上記第二において詳述したとおりである。よつて、本件の各課税処分は憲法に反しているものではあるにせよ、当然無効なものであるということはできない。よつて、本件徴収決定が憲法第八十四条、第三十条に違反し当然に無効であるという控訴人等の主張も亦すべてその理由がない。

よつて、本件徴収決定の無効確認を求める控訴人等の本件請求は失当として排斥を免れず、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第一項によりこれを棄却することとし、控訴審での訴訟費用の負担については同法第九十五条、 第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)

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